子供4人もいると毎年この時期は受験シーズンで落ち着かない。
去年のこの時期は長女のセンター試験、
一昨年のこの時期は次女の高校入試
今年は長男の受験、
志望校からの合格通知が届きホッとする間もなく、昨日は入学手続きをして来た。
入学金、制服代、授業料、通学交通費、諸々・・・・
支払う度に思うのは、親への有り難み。
自分もこうやって面倒みて貰ったんだなぁと・・・今更だが、頭が下がる思いだ。
私は進学の為に秋田から上京し、
18歳で家を出てから実家に帰省することも殆どなくなってしまったが
親というものは、いくつになっても子供のことが気にかかるもの。
長男の合格を伝えると、合格祝いを送ると言う。
孫に送るようで、実は孫を育てた自分の娘へのご褒美でもあるのだろう。
2014年2月2日日曜日
思いがけない花束
とある講演会に出席したのだが、その会場で私に会えると知り
花束を持って来て下さった方がいらした。
昨年、私のライブで私の歌を聞いた時に涙を流して聞いて下さった方。
「誰かが私の中で泣き出したんです
私の涙ではなくて、私を通して誰かが泣いていたような感覚でした」
と、不思議なことをおっしゃって、
でも、それがとても有り難くて、
思わずハグをしてしまった。
私の大好きなトルコ桔梗や、紫色の花々。
何故私の好みを知っていたのか分からないけれど
私のイメージらしい。
講演会場から自宅まで電車を乗り継いで2時間近く
頂いた花束を抱きかかえながら
手渡して下さった方のお顔を思い浮かべ
心の中で「ありがとうございます」を繰り返していた。
2014年2月1日土曜日
「純愛」の司会
先月24~26日、日中合同制作「純愛」上映会の司会で3日間、渋谷に通いました。
初日、2日目は主演の小林桂子さんが舞台挨拶をし、
会場は温かい空気に包まれました。
初日の上映中は桂子さんと二人で、1時間近半近くお話させて頂きましたが
映画を完成させるまでのご苦労を知り、ますますこの映画の深さを感じさせられました。
世界各国の国際映画祭で様々な賞を受賞しているのに、
なかなか国内では知れ渡らない。
私はこの3日間で、随分たくさんの方々を上映会場にお連れしましたが
皆さん、顔をぐしゃぐしゃにして涙され、次回は大切な方とまた来るとおっしゃって下さいました。
私はスタッフとして、もう何度も観ていますが、何度観ても涙を禁じえません。
しかも泣く場面が毎回違うのです。
それほど丁寧に作られているということです。
この映画に出会ってから、不思議なことばかり続いています。
映画自体が日中合同制作なので、既に国境を越えていて、スケールが国際レベル。
そのせいか、出会う方々が世界の平和活動をしている方々ばかり。
意識が世界や地球にある方々との出会いによって、私も影響を受けています。
また「純愛・プロジェクト」が私の映画制作にも応援して下さって
影響力のある方々を紹介して下さっています。
二日目、驚いたことに、私の体操教室の生徒さんだった方がいらして
そこで4年ぶりの再会を果たしました。
ご一緒だった数人が同じく日高市在住の方で、しかもウチの近所にお住まいとのこと、
渋谷のど真ん中の会場で、日高市の方々と偶然映画を観ることになろうとは・・・・
次回の司会は2月9日の夕方6時~
この日の昼は高麗神社で「第6回・高麗鍋コンテスト」の司会をして、
すぐに渋谷に向かいます。
「純愛」上映会
会場:「光塾」渋谷駅新南口改札 エスカレーターを降りて目の前のドトール地下
2月8日(土) 14時~17時頃
2月9日(日) 14時~17時頃 18時~21時頃
2月21日(金) 18時45分~21時45分
2月22日(土) 14時~17時頃
2月23日(日) 14時~17時頃
ご都合の良い日がございましたら、ご連絡いただければご招待券を差し上げます。
070-6510-0521(長谷川)
初日、2日目は主演の小林桂子さんが舞台挨拶をし、
会場は温かい空気に包まれました。
初日の上映中は桂子さんと二人で、1時間近半近くお話させて頂きましたが
映画を完成させるまでのご苦労を知り、ますますこの映画の深さを感じさせられました。
世界各国の国際映画祭で様々な賞を受賞しているのに、
なかなか国内では知れ渡らない。
私はこの3日間で、随分たくさんの方々を上映会場にお連れしましたが
皆さん、顔をぐしゃぐしゃにして涙され、次回は大切な方とまた来るとおっしゃって下さいました。
私はスタッフとして、もう何度も観ていますが、何度観ても涙を禁じえません。
しかも泣く場面が毎回違うのです。
それほど丁寧に作られているということです。
この映画に出会ってから、不思議なことばかり続いています。
映画自体が日中合同制作なので、既に国境を越えていて、スケールが国際レベル。
そのせいか、出会う方々が世界の平和活動をしている方々ばかり。
意識が世界や地球にある方々との出会いによって、私も影響を受けています。
また「純愛・プロジェクト」が私の映画制作にも応援して下さって
影響力のある方々を紹介して下さっています。
二日目、驚いたことに、私の体操教室の生徒さんだった方がいらして
そこで4年ぶりの再会を果たしました。
ご一緒だった数人が同じく日高市在住の方で、しかもウチの近所にお住まいとのこと、
渋谷のど真ん中の会場で、日高市の方々と偶然映画を観ることになろうとは・・・・
次回の司会は2月9日の夕方6時~
この日の昼は高麗神社で「第6回・高麗鍋コンテスト」の司会をして、
すぐに渋谷に向かいます。
「純愛」上映会
会場:「光塾」渋谷駅新南口改札 エスカレーターを降りて目の前のドトール地下
2月8日(土) 14時~17時頃
2月9日(日) 14時~17時頃 18時~21時頃
2月21日(金) 18時45分~21時45分
2月22日(土) 14時~17時頃
2月23日(日) 14時~17時頃
ご都合の良い日がございましたら、ご連絡いただければご招待券を差し上げます。
070-6510-0521(長谷川)
2014年1月13日月曜日
主人の夢
昨年の大晦日、不思議なことがあった。
息子たちが何故か自主的に洗車し始めたのだ。
実はその前の日、次女がそのシーンを夢に見ていたのだ。
夢の中では主人が生きていて、主人と息子たちが洗車をしていたという。
次女のそんな夢など知る由もない、息子たち。
「どうして車を洗おうと思ったの?」と、長男に尋ねると
「お父さんがそうして欲しいと言ってるような気がしたから」と答えた。
4年前の今ころは、主人の葬儀が終わり、
主人のいないクリスマスや正月を迎え
主人の訃報を知らない方々からの年賀状を複雑な気持ちで受け取っていた。
今日、次女はシンガポールに出国した。

実は少し前にインフルエンザにかかってしまい
修学旅行のシンガポール行きを半ば諦めていたのだが
「行きたい」気持ちが回復を早めたせいか、普段よりも元気になり、主治医の了解も得て、
満面の笑で出発した。
そして次女のインフルエンザは長男に感染ってしまったのだが、
インフルエンザと知ると、我が家の秘薬「免疫宝茶」をガブガブ飲んで
あっという間に復活した。
10日後に入試を控えていたのだが、考えてみれば試験に当たらなくて良かった。
何だか、こうしていつも主人がタイミングよく導いてくれているような気がする。
今朝は久しぶりに私の夢に現れてくれた。
癌から生還する夢。
「5年経ったけど、再発してないね!もう大丈夫なんだねぇ~、本当に良かった」
と、左隣にいる主人に語りかけている自分がいた。
主人もホッとした様子だった。
目が覚めて、泣いてしまったけれど、心の中が暖かかった。
息子たちが何故か自主的に洗車し始めたのだ。
実はその前の日、次女がそのシーンを夢に見ていたのだ。
夢の中では主人が生きていて、主人と息子たちが洗車をしていたという。
次女のそんな夢など知る由もない、息子たち。
「どうして車を洗おうと思ったの?」と、長男に尋ねると
「お父さんがそうして欲しいと言ってるような気がしたから」と答えた。
4年前の今ころは、主人の葬儀が終わり、
主人のいないクリスマスや正月を迎え
主人の訃報を知らない方々からの年賀状を複雑な気持ちで受け取っていた。
今日、次女はシンガポールに出国した。
実は少し前にインフルエンザにかかってしまい
修学旅行のシンガポール行きを半ば諦めていたのだが
「行きたい」気持ちが回復を早めたせいか、普段よりも元気になり、主治医の了解も得て、
満面の笑で出発した。
そして次女のインフルエンザは長男に感染ってしまったのだが、
インフルエンザと知ると、我が家の秘薬「免疫宝茶」をガブガブ飲んで
あっという間に復活した。
10日後に入試を控えていたのだが、考えてみれば試験に当たらなくて良かった。
何だか、こうしていつも主人がタイミングよく導いてくれているような気がする。
今朝は久しぶりに私の夢に現れてくれた。
癌から生還する夢。
「5年経ったけど、再発してないね!もう大丈夫なんだねぇ~、本当に良かった」
と、左隣にいる主人に語りかけている自分がいた。
主人もホッとした様子だった。
目が覚めて、泣いてしまったけれど、心の中が暖かかった。
成人式
日高市の成人式に来賓で出席させて頂きました。
壇上で挨拶するからには、着物が礼儀かと思い、頑張って着物を着ました。
と言いましても、着付けして頂いたのですが・・・
年内には自分でちゃんと着付けできるようになりたいと思います。
今年の目標の一つです。
着付して下さった70歳の方が、鮮やかな手捌きで仕上げながら言われました。
「着物はねぇ、着る人の人格まで変えてしまうものです」と。
確かに帯を締めると腹が座り、自分の中に芯が通るような気がします。
所作や、姿勢、表情、言葉使い、まで変わるのが自分でも分かります。
日本人は帯を外したことで、不安定さをかかえてしまったと聴いたことがあります。
腹が座る とはそういうことかも知れません。
帯で胴回りを固めることで、気持ちまで変わってしまうのなら
形から変えていく。
着物文化を復活させることは、とても大切だと思います。

東京オリンピックの「おもてなし」は着物で!
義務教育の中に「着付け」を取り入れて欲しいと思います。
自国の民族衣装を自分で着れないなんて、考えてみれば恥かしいことです。
着付けできる人が増えれば、呉服屋さんの景気が上がり、
着物が日常になれば、茶道、書道、花道、など「道」の付く畳文化が復活し、
琴や、三味線、日本舞踊、などの伝統芸能がより身近になり、
和ダンスや、和テイストのグッズ、扇子、手ぬぐい、髪飾り、等など・・・
見直されるものがたくさんあるはずです。
教育委員に任命されてから、公の場に立つ機会が増え、
そのような場にはなるべく着物で出席しようと、昨年、思い切って着物を新調しました。
着物も「出会い」だと思います。
高価なだけに、簡単には手が出ません。
昨年、偶然に出会ってしまった反物。
色や柄、生地、全てに惹かれてしまいました。
京都の作家さんの思いも伺い、ピンときて購入しました。
歳を重ねても、長く着れそうな色柄ですし、何といっても二人の娘がいるので
いずれ、娘たちも着てくれることを想定して作って頂きました。
来年は長女が成人式。
一緒に着物姿で出席したいと思います。
壇上で挨拶するからには、着物が礼儀かと思い、頑張って着物を着ました。
と言いましても、着付けして頂いたのですが・・・
年内には自分でちゃんと着付けできるようになりたいと思います。
今年の目標の一つです。
着付して下さった70歳の方が、鮮やかな手捌きで仕上げながら言われました。
「着物はねぇ、着る人の人格まで変えてしまうものです」と。
確かに帯を締めると腹が座り、自分の中に芯が通るような気がします。
所作や、姿勢、表情、言葉使い、まで変わるのが自分でも分かります。
日本人は帯を外したことで、不安定さをかかえてしまったと聴いたことがあります。
腹が座る とはそういうことかも知れません。
帯で胴回りを固めることで、気持ちまで変わってしまうのなら
形から変えていく。
着物文化を復活させることは、とても大切だと思います。
東京オリンピックの「おもてなし」は着物で!
義務教育の中に「着付け」を取り入れて欲しいと思います。
自国の民族衣装を自分で着れないなんて、考えてみれば恥かしいことです。
着付けできる人が増えれば、呉服屋さんの景気が上がり、
着物が日常になれば、茶道、書道、花道、など「道」の付く畳文化が復活し、
琴や、三味線、日本舞踊、などの伝統芸能がより身近になり、
和ダンスや、和テイストのグッズ、扇子、手ぬぐい、髪飾り、等など・・・
見直されるものがたくさんあるはずです。
教育委員に任命されてから、公の場に立つ機会が増え、
そのような場にはなるべく着物で出席しようと、昨年、思い切って着物を新調しました。
着物も「出会い」だと思います。
高価なだけに、簡単には手が出ません。
昨年、偶然に出会ってしまった反物。
色や柄、生地、全てに惹かれてしまいました。
京都の作家さんの思いも伺い、ピンときて購入しました。
歳を重ねても、長く着れそうな色柄ですし、何といっても二人の娘がいるので
いずれ、娘たちも着てくれることを想定して作って頂きました。
来年は長女が成人式。
一緒に着物姿で出席したいと思います。
2014年1月8日水曜日
川津祐介さんと
昨夜、フジテレビに俳優の川津祐介さんと私が映っていたとの連絡を何人かから受けました。
昨年、12月23日、24日の両日、川津祐介さんのトークショーと芝居を見させて頂いた時の様子。
「今でもすごい芸能人100人」という番組だったそうです。
川津さんは小さい頃からの憧れの俳優さんでしたから、お会い出来て嬉しかったです。
芝居が終わった後で、お話する機会が有り、
主人の告別式に届いた主人本人からの弔電について、報告させて頂きました。
その内容がとても胸に響いたらしく、こくんこくん頷きながら
ご自身の心臓に右手を当て、涙してくださいました。
今はまだ言えませんが、ピンと来る事があり、川津さんとご縁を持つこととなりました。
川津さんはこれまで4回も臨死体験をしており、それがきっかけで生き方が変わったといいます。
私が今関わっている日中合同制作映画「純愛」のラストシーンに
川津さんが登場しているのですが、このクライマックスシーンが誰もが号泣するシーンで
そのウラ話を知ると、なるほど~!と納得してしまいます。
今も肉体的には、いつ止まってもおかしくない状態の心臓。
川津さんが瞑想状態で書いた脚本「ユダ・イスケリオテ」の朗読劇を聴いて
私は客席で声を殺して泣きました。
体中に電流が走るような衝撃的内容でしたが、
それは、あるいは真実、実話だったからかもしれません。
聖書の中の話ですから確かめることはできませんが、私はこれが真実に違いないと
感じてしまいました。
その中身についてはまたの機会にご報告致します。
昨年、12月23日、24日の両日、川津祐介さんのトークショーと芝居を見させて頂いた時の様子。
「今でもすごい芸能人100人」という番組だったそうです。
川津さんは小さい頃からの憧れの俳優さんでしたから、お会い出来て嬉しかったです。
芝居が終わった後で、お話する機会が有り、
主人の告別式に届いた主人本人からの弔電について、報告させて頂きました。
その内容がとても胸に響いたらしく、こくんこくん頷きながら
ご自身の心臓に右手を当て、涙してくださいました。
今はまだ言えませんが、ピンと来る事があり、川津さんとご縁を持つこととなりました。
川津さんはこれまで4回も臨死体験をしており、それがきっかけで生き方が変わったといいます。
私が今関わっている日中合同制作映画「純愛」のラストシーンに
川津さんが登場しているのですが、このクライマックスシーンが誰もが号泣するシーンで
そのウラ話を知ると、なるほど~!と納得してしまいます。
今も肉体的には、いつ止まってもおかしくない状態の心臓。
川津さんが瞑想状態で書いた脚本「ユダ・イスケリオテ」の朗読劇を聴いて
私は客席で声を殺して泣きました。
体中に電流が走るような衝撃的内容でしたが、
それは、あるいは真実、実話だったからかもしれません。
聖書の中の話ですから確かめることはできませんが、私はこれが真実に違いないと
感じてしまいました。
その中身についてはまたの機会にご報告致します。
2014年1月6日月曜日
新年あけましておめでとうございます
長女は薬学部で勉学に励み、次女は海外に興味深々で、長男は高校受験生、次男は小学卒業します。
いつの間にかこんなに成長して、、、、
この成長過程を天国から見ている主人はどう感じているのでしょうか?
「見せてあげたかった、一緒に子供の成長を見守りたかった、、、、」
という気持ちもありますが、いつも見ていてくれている!という気もします。
4年前のお正月は主人が亡くなって2週間目。
主人の訃報を知らせる間もなく、沢山の年賀状が届き、
「おめでとう」という言葉が言えず
「生前と変わらずに宜しくお願いします」と挨拶していた。
夫婦二人から始まった家族写真。
長女が加わって、次女が加わって、長男、次男、
6人家族になって撮った年賀状用の写真は8枚で終わった。
次男が8歳の冬だった。
5人家族になって撮った年賀状用の写真が既に5枚目
家族全員が写るのは年に一回。
恒例行事だっただけに家族写真を撮る時は主人がとても近くに感じられる。
この写真にも私と次女の間に映っているような気がする。
満面の笑みで。
登録:
投稿 (Atom)
1.jpg)