2012年8月5日日曜日

No2・ひまわり探検隊

夏休み中の小学生を対象にした体験教室

全部で130講座。

私はそのうち2講座の講師を担当する事になったのですが、

8月1日に一回目を無事に終えました。

1年生の参加者が多く、私自身戸惑う事もありましたが、

小さな子供達の大きな笑顔が可愛くて、教えるというより一緒に遊んだという感じです。

柔軟体操よりも、リトミックをたくさん取り入れながらウォーミングアップしました。

また子供達が喜ぶような動きも、その場で考え、覚えさせました。



















最後は振り付けをして、ビートの聞いた曲に合わせて踊って貰いました。

家に帰っても振り付けを思い出して、踊ってくれると嬉しいです。

学校の授業も、講演会やセミナーにしても、大事なのは教室や会場を出た後。

その場では、ふんふん頷いたり、感動したり、覚えたりするのですが、

一歩、外に出ると、忘れてしまうケースが多いように思います。

次回は、単純な動きを何度も繰り返して、完全に覚えて貰おうと思います。

2012年8月1日水曜日

No1・パステルアート

友人に誘われて、パステルアートを習いました。














            
生れて初めての経験をさせて頂き、子供に返った感じです。

指で画用紙に色の粉をこすり付けていくだけなんですが

その作業に癒されるのです。

思いつくまま、色を選び、円を描いて出来た最初の作品のタイトル

~~~~~~~~~【魂の出愛】~~~~~~~~

転生を繰り返しながら、互いに魂を磨きあって

今世でようやく再会を果たした二つの魂。

そんな意味を含んだ私の処女作品です。

精子と精子みたいですって?

おたまじゃくしでもありませんよ。

二つの魂です。

同志かも知れません。

夫婦かも知れません。

恋人同士かも知れません。

師弟かも知れません。

親友同士かも知れません。

出逢えた事を喜びあっているんです。

てんつくマンの言葉にも通じる世界があり、

紹介させて頂きました。

『出逢いはたまたまじゃなく 互いの魂が逢いたいと願い続け

ついに起こった奇跡。』
2作品目は【灯台】

海の色を大好きな紫色にしてみました。

他の参加者さん達の作品です。


それぞれの個性が表れていて面白いです。


3作品目はそれぞれ好きに描いて下さいと言われ、テーマを決めて描きました。

この作品は時間を掛けずにさぁっと書き上げました。

タイトルは  【ふたり】

このブログで、昨年から紹介していますが、主人は蝶々になって時々現れるんです。

一周忌、三回忌は12月と言うのに、墓の周りをひらひらと舞っていました。

実はここ3日間、朝シャッターを開けると、

きたては蝶が必ず一匹ベランダにいるんです。

偶然かも知れませんが、不思議だと思いませんか?

主人が生きていた頃、ベランダに置いた主人のサンダルに

きたては蝶が止まって、近づいても動く気配がなかったので

接近して写真を撮った事がありました。

そんな私を主人は穏やかな顔をして見つめていました。

あれから3年過ぎて、今、3日も続けて同じ場所に表われると

主人と重なって見えてしまいます。

そんなことがあったので、ついつい蝶々を描きたくなってしまいました。

4次元と3次元の「境」を背景の色で表現しましたが、でも繋がっているような・・・・

蝶々一匹 人間一人 を 「ふたり」 と表現しました。

パステルなごみアートを体験してみませんか?

心の奥にある世界が、絵に表われるように思います。

上手い下手の問題じゃないんです。

思うがまま、指先を紙にこすりつけるだけでいいんです。

自分の奥深い所を覗き見る事が出来るかも知れませんよ。

2012年7月31日火曜日

No21・おおかみこどもの雨と雪Ⅱ

「おおかみこどもの雨と雪」

本当にお勧めの映画です。

子育て中の母親はもちろん、これから結婚する人達

個人的には将来を模索している学生さん達にも観て欲しいと思います。

おおかみ男と人間の女性から生まれてきたお姉ちゃん「雪」と弟「雨」が、

それぞれの生きる道を見つけて行くストーリー、

並行して、二人を育てる母親「花」の育児哲学の一貫性。

考えて見れば、男と女が出会って結婚して子供がうまれる分けですが

人間同士と言えど、男女は肉体的にも精神的にも構造が違う。

それぞれの生い立ちも全く違う、

性格が全く違う、専門分野、得意分野が全く違う、

体格が違う、顔つきが違う、好きな食べ物が違う、・・・

違う者同士。

そこから、新たに生まれた命は、既に両方の血を受け継いでいます。

おおかみと人間の夫婦程の違いは無いにしても

人間同士のペアに例えられると思いませんか?

おおかみ男と人間の花・両者から生まれた子供達は

おおかみとして生きるも良し

人間として生きるも良し

花は、その選択をあくまでも子供自身に任せようとします。

どちらを選んでも後悔のないように、自分に出来る精一杯を尽くします。

きっと親の成すべき事はそういう事なんだと思います。

自分の価値観で、子供の将来を決めない

子供に決めさせる。

そんな母親に育てられた子供達も、自分はどう生きたいのかを真剣に考え、

10歳の「雨」はおおかみとして生きる事を決意し、花の前から去って行きます。

息子を手放した「花」は立派です。

子供を信じ切る母親の強さを感じました。

子供も道を決める時は、親の意見を鵜呑みにしない。

自分の願う道と、願う理由をはっきりさせておけば

そんなにぶれないと思います。

自分が、いったい何がしたいのか、何をすると魂が喜ぶか、

それをしている自分を想像してわくわくするかしないか、

そこをしっかり見つめて行くべきなんでしょう

亡き夫が、夢の中で「花」に言います。

“立派に育て上げてくれてありがとう” と。

素敵ですね。

私はまだまだです。

天国の主人は私の子育てをどう思っているのかしら?

生きていたらどんな子育てをしていたかしら?

それにしても

この私を母親として選んでくれた4人の子供達に感謝しています。

2012年7月29日日曜日

No20・おおかみこどもの雨と雪

7月29日

長女、次男と、次男の友達2人を連れて映画を観に行きました。

タイトルは「おおかみこどもの雨と雪」

知人にハンカチは必需品と聞いていたので、泣く覚悟は出来ていました。

主人公の花が、夫に先立たれ、一人で子供二人を育てていく姿は

私自身の人生と重なるところがあり、息を飲んでしまいました。

花が夫の遺体を発見した場面では、私自身の記憶がよみがえって来てしまい

ちょっと苦しかったです。と、次の瞬間

息子は大丈夫だろうか・・・

気になって隣で観ていた10歳の息子の様子を見ました。

少し硬い表情をしていました。

ドラマでもドキュメンタリー番組でも、病にかかった人が家族を置いて死んでしまうシーンは、

子供達にとっては、未だにきついらしく、途中でテレビを消してしまいます。

それにしても、奥の深い映画でした。

子供達と一緒に観れて良かったです。

何故に、今、このタイミングでこの映画に出会ったのだろう、、、と思います。

映画の主人公は花ではありますが、その子供達、雨と雪の一人立ちがテーマでもあります。

昨日、オーストラリアに向かう次女の後ろ姿を、

不安よりも、晴れ晴れした気持ちで見送った自分を発見しました。

次男は宿泊学習から帰宅し、親元から離れて一晩過ごしただけで

ちょっと成長したようですし

長女は大学受験に備えオープンキャンパスに出かけ、

そこで将来の行くべき道を真剣に考えたそうです。

長男は珍しく風邪を引いてしまい、高熱を出したものの、一刻も早く復活したいがゆえに

自分であれこれ考えて、水分を補給したり、うがいを繰り返したり、ひたすら寝たり


それぞれ4人ともそれなりに、自分で考え、自分で行動を起こすようになりました。

いつの間にか、大きくなって・・・


長男がこの度の高熱でうなされている時にある夢を見たそうです。

“ 一昨日の夜、お父さんに会ったんだ.。”と言うんです。

私は驚いて “ 会った? ” と聞き直すと

“夢じゃなかった。本当にお父さんがいたんだ。” と言うので、何事かと思いました。

主人が息子の左耳にささやいたそうです。

“お父さんが、3つのお願いがあるって言ってた”

  “な~に?”

“教えない。”

  “じゃー、お母さんが当ててみせようか!”

私にはわかっていましたので。

  “もっと真剣に勉強しなさい”

  “本を読みなさい”

当たりました。最後は “お母さんを助けてあげて!でしょう?”

本当に3つとも当たりました。

長男も驚いていましたが・・・


この1週間、主人がとても近くに感じられるんです。

何故か主人の髪の毛の感触が妙に蘇えってきて・・・

結婚生活を始めてから、主人は一度も床屋に行った事がなく、

私がいつもカットしていました。

最後は病室でカットしました。

17年間の結婚生活の中で、何度カットしたことか・・・

その硬さや、量、癖毛、等々、私の指先に記憶されています。


最近、息子達の髪の毛を切ったからでしょうか?

お盆が近いからでしょうか?


今日の映画で、花が亡くなった主人と夢の中で再会するシーンがあり

思わず涙がこぼれ落ちてしまいました。

“全部知ってるよ、ずっと見ていたから。”と言われた花が

夫の胸の中でほっとするシーン。

もしかして、今回主人が映画館に導いてくれたのかも知れませんね。

花の子育ては素晴らしい!

花のように、子供の気持ちや考えを尊重してあげられる母親になりたいと

つくづく思います。

「子供が自分で選択できるように、全てはその為に、」

花の子育ては一貫しています。

私も子供に自分の考え方を押し付けないように

子供の人生をただただ、愛を持って見守りたいと思いました。

まずは子供をとことん信頼する事ですね。


オオカミとして生きて行く決心をした10歳の息子「雨」が立派なオオカミの姿になって

花の前から勢いよく去って行くラストシーンで、花はオオカミの遠吠えを聞き、

別れの悲しみを超え、涙を流しながらも、微笑みます。

「雨」と同じ年の10歳の次男は、そんな花の笑みが理解できなかったらしく

“なんであそこで笑うの?”と尋ねてきました。

私は答えました。

“雨の遠吠えを聞いて、あの子ならもう大丈夫って安心したんじゃないかな?”

“えぇ?俺は10歳だけど無理。”

長女が一言

“オオカミの10歳と人間の10歳はと違うんだからね”

そして今夜は、一緒に映画を観た息子の友達2人が我が家に泊まっています。

10歳の少年3人集まって、夜中まで、語り合えるってワクワクしますよね

今日の映画の感想でも話題に出ると嬉しいのですが。

2012年7月28日土曜日

No19・免許更新

7月27日、初めての免許更新をしました。

2度目の免許センター。

免許取得から2年3か月。

あっという間でした。

更新の為に受けた講習の内容で再確認した運転マナー

【思いやり運転】

1.ゆずってあげる

2.待ってあげる

3.止まってあげる

4.よけてあげる

この心がけは人間の真価を問われるとのこと。

確かに路地から大通りに出る時ゆずってもらうと、その後の運転が気持ちよく、

その後、自分も抵抗なくゆずってあげることが出来ます。

右折の際も、後続車が何台も続いていると焦ってしまいますが、

対向車のドライバーが、その状況を読んでウィンカーで

“お先にどうぞ。”の合図をくれた時は、

車の中でしばらく“ありがとうございます”を実際に声に出して、繰り返してしまいます。

またゆずってあげている現場を目撃しただけでも気持ちが良いものです。

若葉マークの頃は、止まってあげる事、待ってあげる事は出来ましたが、

よけてあげたくても、よける事そのものが技術的に難しかったりして、

それに若葉マークを付けているがゆえに、ゆずってもらう事が多かった分けですが

ゆずって頂いても、ありがとう の気持ちを伝えることが出来ませんでした。

例えばウィンカーでアイコンタクトを送るとか、

片手を上げてゼスチャーを見せるとか

当時はハンドルから片手を放すなんて考えられませんでしたし、

精神的にそんな余裕はありませんでした。

前しか目に入らない状態でした。

今は対向車の運転手と目を合わす事も可能になりましたけど。

次の更新まで無事故・無違反で行きたいと思います。

「思いやりの運転」を心がけていれば、きっと避けられますね。

ハンドルを握ったらまずは深呼吸。深呼吸。

深~く、長~い、呼吸。

ゆずり ゆずられ 気持ちのいい運転で行きましょう。

2012年7月26日木曜日

No18・降りてきたぁ~

7月25日(水)

2か月程前から、高麗郡建郡記念1300年祭を応援する為の企画会議を

チェリストの笹崎さんと 語り部の小林さやかさん そのお母さん、と私の4人で

進めています。

語りと、チェロと、歌のコラボで、ライブを計画しているのですが

今日のミーティングで、元々予定していた開催日を変更すると決定した途端

色々とアイディアが湧いて来て、

まずは、宮沢賢二の作品を発表する予定だったのですが

何故か何故か突然 「スーホの白い馬」 に変更する事になり

せっかくだからそれを実際にやってみようという事になり

たまたまミーティング会場にチェロとキーボードが置いてあったのも

偶然ではないような気がしますが

それぞれの感覚で表現していくうちに

それぞれの頭の中に同じ映像が見えたような気がしました。

ラストシーンはチェロの旋律に、私が即興で歌を乗せてみました。




















ミーティングの為に集まったのに、いきなり本番前の練習のような時間となりました。

こんな事ってあるんですね。

まだ来年の5月開催予定なのに、今、突然降りて来たのは

なんとも不思議です。

私の3枚目のCDアルバムに入っている 

「月に抱かれて」という曲が、元々チェロの伴奏で歌いたいと想像して作曲した曲である事、

その歌詞の内容も、旋律も

「スーホの白い馬」の朗読の挿入歌として、何故かぴったりである事 等々

とんとん拍子に決まり、充実した時間となりました。

これまで「セロ弾きのゴーシュ」で進めてきた内容が

何故に、突然「スーホの白い馬」に変える事になったのか

未だに分からないのです。

でもせっかく与えられたインスピレーションなので、

大切に育てて行きたいと思います。

2012年7月25日水曜日

No17・オーストラリア

次女のオーストラリア・ホームスティの出発式に参加しました。

高校から15名が参加します。

英語が苦手な彼女が、何故に行きたいと決心したのかしらと
不思議に思っていましたが

彼女の性格が幸いしたようで、

“お母さん、日本語が全く通用しないなんて、凄くな~い?!”

と、それはそれは、ワクワクした表情で言うんです。

“英語が苦手なのにどうやってコミュニケーションを取るの?”

“はぁ?何とかなるよ!”と自信たっぷり。

次女のオーストラリア行きについて長女に相談すると

“行かせてやれば?あの人の事だから行かせなかったら一生文句言うかもよ。”
と一言。

費用が掛かる事についても相談すると、何とまぁ前向きに、

“これがきっかけで、英語が好きになって、英語で稼げるようになるかも知れないじゃん!”と。

高3の長女は、私にとっては第2の夫の様で、彼女はいつも単刀直入に答えてくれるので

私もついつい頼ってしまっています。

この約1か月、私の体調がすぐれずにいると、

何処がどんな風に調子が悪いのかを聴いて来て、

食欲が無いこと、汗をかかないこと、全身の発疹が引かないこと、

首から上の浮腫みがひどいこと、等々答えると

彼女なりのアドバイスもくれましたが

結局のところ何と判断したと思いますか?

“若くないって事だよ。”

ガ、ガーン・・・

“更年期なんじゃない?”

そ、そうです。ごもっとも・・・

もう返す言葉が有りません。

思わず笑ってしまいました。

本当に心強い存在です。

と、話は外れましたが、次女は今、頭がオーストラリアでいっぱいの様で、

はたから見ていて、羨ましくなるくらい活き活きしています。

オーストリアに行くに当たって、具体的に様々な準備が必要で、

例えばパスポートを申請する為の書類の作成にしても、写真を撮りに行くとか

戸籍謄本を用意するとか、

記入事項一つとっても、あれこれ考えたり、調べたりしなければならず、

パスポートを受け取るだけでも社会勉強が出来た分けです。

また向こうは冬なので、現地の気候を調べて、冬用の衣類をそろえたり、

色々なケースをシュミレーションしながら、持ち物を選択したり、

もちろん英語の勉強にも身が入ります。

だいぶ成長したように思います。

私はなるべく手を貸さず、彼女が自分一人で用意できるようにしているのですが

成田空港まで見送りに行くと言うと、

“なんで付いて来るの?交通費も時間もかかるのに。来なくていいよ!”と。

突き放されてしまいました。

15歳の夏、家族と離れて、オーストラリアで暮らす彼女に、

いったいどんなギフトがあるのでしょう。

既に、たくさんのギフトを受け取っているように思いますが

本人は気が付いてるでしょうか?

出発式では、校長先生や引率の先生方からの挨拶がありましたが、

やはり、内容は「積極性」。遠慮は禁物。

察して欲しいなんて黙りこくっていたら何も通じない。

そして笑顔。

確かに笑顔は英語以上に世界共通性が大きいと思います。

色々な体験談などを聞きながら、私も15歳に返って、海外に出るという経験をしたいと

思ってしまいました。

若いうちは金を払ってでも苦労をしろ!と言いますが、

若く体力のあるうちに、たくさんの経験を積むって、本当に財産になりますよね。

世界は広い。それを今からでも体感したいと思います。

今、都内に週に3回は出ていますが、そこでたくさんの出会いがあり、

発見、学び、共感、感動があり、絆が生れ、

そこからどんどん可能性が広がり、互いが互いの夢に関わりつつ、夢実現に向けて

驚くほどのスピードで進んでいくのを感じます。

ワクワクするのは、本人の勝手ですから、どうせ一度きりの人生ならば、

たくさんのワクワクを経験した方が得な気がします。

人は必ず死ぬのだから不安を抱えて生きる人生より、ワクワクを抱えて生きる人生の方が

いいに決まっている!

しかもいつ終わるのか分からない人生。

それを考えると、次女が英語の成績を全く気にしないで、英語圏で暮らしてみたいと

決断したのは正解だったと思います。

不安よりも可能性にフォーカス出来ているわけですから。

成田へはご要望通り、見送りに行かず家から送り出す事にしました。

15歳の夏、一生忘れられない夏となることでしょう。