2011年6月29日水曜日

No15 誕生日

明日は私の生まれた日です。

誕生日は自分で決めて生まれてくるそうです

誕生日を決めるのは「前世の自分」らしいのですが、数字は単なる記号ではなく、独自固有の意味を持つ「文字」であり、個々の数字にはそれぞれ深いメッセージが込められているとの事。

前世の記憶を持つ自分が、わざわざ「その日」を選んで生まれてきたのには、分けがあるようです。

前世からの暗号を『誕生数秘学』で読み解くと、自分という人間が客観的に見えてきます。

もし関心がおありでしたら、参考にしてみてください

*PHP文庫:「誕生日でわかる、前世占い」・著者:はづき虹映

2011年6月28日火曜日

No14 暑いですね

皆さん、夏バテしていませんか?

私はクーラーにとても弱く、クーラーに当たるとたちまち体調を崩してしまいます。

夏バテと言うより、クーラー負けです。

先週、冷房の効いた会場で二日続けて、歌と司会の仕事があり、翌日ダウンしてしまいました。

嘔吐、下痢、貧血、頭痛、・・・立ち眩みがして歩くことも出来ず、呼吸もかなり浅く、暑いのか寒いのかも分からない状態で、声を出すのも一苦労で

体操の指導者でありながら、体がガチガチに硬くなり、只々横になっていました。

病院に向かう体力がありませんでした。

トイレに行くにも四つん這いになって、重い体を引きずるようにしていました。

翌日は教育員の任命式が予定されていましたので、何としてでも復活しなくてはなりませんでした。

当然、夕飯を作るどころではなく、その日は子供たちに任せました。

学校から帰宅した子供達は私の様子を見て、さすがに焦った様で、それぞれで出来る事をやってくれました。

中3の次女は梅干し入りのお粥を作ってくれ、中1の長男は湯たんぽを用意してくれ、小4の次男はマッサージをしてくれ、高2の長女は家事をしてくれ、・・・

子供達の看病で、精神的にも癒されました。

また大親友が差し入れを持って駆けつけてくれ、すっかり甘えてしまいました。

本能的にか、それとも、和漢生薬の専門家でもあった主人があちらから教えてくれたのか・・・、

その日の気温は34℃を超える暑さだったのに、とにかく体を芯から温めなくてはと感じました。

ふらふらになりながらも、キッチンでお湯を沸かし、粉末の生姜を大量に溶かし、はちみつを入れ、ゴクゴク飲みました。

それでかなり汗をかきました。

下痢、嘔吐、大量の汗で、体重が前日より2キロも減りました。

冷房は恐ろしいです・・・。

私の場合、暑さを避けるより、暑さに慣れる方が自然で、体の順応性を信じてあげたいと思います。

例えば動物は屋内で暮らしていませんから、外気に対応していく術を知っています。

我々人間も動物なのですから、あまり電気に頼らず、色々と工夫して知恵を働かせながら、暑さに対応していきたいものですね。

今回、子供達の精一杯の看病、友人の気遣い、亡き主人からのアドバイス、私自身の回復力・・・総動員で、何とか、教育員の任命式には復活出来ました。

有難いことに、任命式が行われた市役所では、エコ実践で冷房設定温度28℃でしたので体調を崩す事無く、済みました。

窓を閉め切ってクーラーを使うと、時々吹き抜ける風の気持ち良さや、有難さに気付くこともありませんよね

扇風機やうちわ、扇子の風もそれなりに涼しいものです。

洗面器に水を張って、両足を突っ込むという涼み方もけっこう効果があります。

是非皆さんも、アイディアを振り絞って、暑さ対策を実行してみて下さいませ

地球の為、何よりご自分の為、。

2011年6月26日日曜日

No13 オキシトシン

『皮膚は第3の脳』

小さい時にたくさん触れられて愛されて育った子供は、自分が必要とされて来たことを認識し、そのことが、《肌の記憶》として残るのだそうです。

触れられた子にも、触れたママにも"オキシトシン”が分泌されると、体の成長を促したりリラックス出来たり「社会脳」と言われる部分に働きかけるんだそうです。

*「社会脳」:人を信頼したり、絆を深めるといった人の相互作用などに機能する脳の部分

嬉しい時に頭をなでてくれた。

泣いている時に抱きしめてくれた。

言葉がなくても心がふっと和むのはそんな時。

子供も・・・大人だって!

触れてもらえれば心が嬉しくなります。

私が亡き主人を思い出し、ふと「お父さんにもう一度触ってみたいなぁ~」とつぶやくと、末っ子が側にやってきて、

「いると思えばいるよ!」と

頬擦りしてくれました。

この9歳の次男は私に甘えているようで、実は甘える事で私を上手に癒してくれています。

私の心理状態をよく感じ取ってくれて、

「今夜はお母さんと一緒に寝たいなぁ」とか

「マッサージしてあげようか?」とか

いきなり「お母さんタイム~!」と言いながら抱き着いてきたり

黙って私の膝の上に座ったり

忙しそうにしていると、「お母さん、その前に・・・」と言いながら両手を広げて私を見上げるんです。

私もつい思わず手を休め、抱き上げてしまいます。

抱いてあげているのに、抱かれているような感覚。不思議です。

幼い頃から、彼と手をつないだだけで、その小さな掌からどぉ~っと愛情が流れ込んで来るのを感じていました。

四人とも完全母乳で育てましたが、末っ子の特権でしょうか、彼に対しては4歳の誕生日まで母乳を与えていました。

味も栄養もない状態だったと思いますが、授乳タイムは互いの精神安定剤の役目がありました。

特に四人目ともなると、上の三人から、おもちゃの様に触られたり、かわいがられたりして、愛されました。

我が家では天使の役割を果たしてくれています。

スキンシップが大事だという実感があります。

体に触れながら、心にも触れているのでしょう。

『オキシトシン』

『オキシトシン!』

『オキシトシン!!』

たくさん分泌されるように、たくさん"タッチ”しましょう!

大人同士でも、誤解されない程度にハグしたり、握手したりして、スキンシップをしましょう。

日本人は奥ゆかしい民族性か、抱擁が苦手のようですが・・・

私は視聴者の方や、ファンの方、初めてお会いする方と握手する時は、なるべく両手で握手するようにしています。

以前、てんつくマンの講演会場で素敵な女性グループに出会いました。

淡いピンク色のお揃いTシャツを着たべビーセラピストの会・『れでぃばーど』の皆さんです。

愛に溢れたママさん達の集まりです。

そこで私はたっぷり肩や腕をマッサージして貰いました。

ちょうどその時、私は辛い出来事があり、いつになく心が沈んでいましたので、救われる思いがしました。

時に、人は言葉よりも、触れてもらうだけで満たされてしまうことがあるんですよね

ひと肌が恋しい時は、素直に触れてみましょう

2011年6月25日土曜日

No12 日高市教育委員

2011年6月16日木曜日・文化新聞



6月24日金曜日、午前10時より日高市役所にて、任命式が行われました。

任命式の後、大沢市長、早川教育長としばらく会談致しました。

私は日高市で生まれ育った人間ではなく、まだ日高市民になって歴史の浅い人間です。

そのような立場の者が、日高市の学校教育の場に携わっていいものか・・・戸惑いと不安がありました。

大変名誉な事ではありますが、市内で長年、教育の現場で活躍されてこられた方々がたくさんいらっしゃる中で、なぜ私なのだろうかと・・・

真っ先に相談すべき主人は他界してしまいましたので、自分自身に問うしかなく、それでも主人だったら何と言うだろうか・・・と自問自答する中で、これは与えられた使命なのではないかと受け止めるようになりました。

まずもって、私自身、日高市内で四人の子供を育てている現役の保護者である事

引っ越しを何度か経験しているので、他市の教育現場との違いが分かる事

子供の数が多い分、学校でのPTA活動に携わる機会が多い事

日頃から体操教室で、子育て中のお母様方に関わっている事

司会業をしているので、市内のイベント会場で市民の皆様の前に立つ機会が多く、親子連れの様子など目にする機会も多い事

主人を亡くし、母子家庭の立場にあるので、同じ立場の方々の代弁者になりうる事

色々と自分の立場を見つめ直していく中で、背中を押すもう一人の自分が現われました。

四人の子供を授かった意味が見えたような気がしました。

正直言いますと、これまで教育員という役職や任務の内容について全く知識がありませんでした。

おそらく私だけでなく、保護者の皆さんのほとんどが、教育委員という存在についての情報をあまり持ち合わせてはいのではないかと感じます。

そういったことを考えた時に、私のような人間が教育委員になる事で、保護者の皆さんが教育委員を身近に感じられるようになるのではないかと思います。

そのようなお役目があるのならば、私は私のままで、肩肘張らずにそのポジションにいればいいのだと、気持ちを整理しました。

任期4年。私に出来ることを精一杯務めて参りたいと存じます。

今後とも宜しくお願い致します。

No11 第10回・日高市音楽の集い






5年前からこの演奏会の司会を務めさせて頂いております。

日高市に越してきて、ちょうど1年が過ぎた頃、当時小学6年生の長女と一緒に初めてこの演奏会を聴きに行きました。

そこで、吹奏楽に打ち込む若者達のひたむきな姿を目の当たりにし、彼らの音楽を愛する情熱を感じ、心が洗われるような思いがしました。

その音色もすがすがしく、爽やかな風が胸の内を吹き抜けて行く様な気がしました。

終演後、娘もアンケート用紙に懸命に感想を書いておりました。

そして一言「来年は私もあのステージで演奏したい!」

実を言いますと、私自身も「来年はあのステージで司会を務めたい」と思いました。

(結果的に私達のその思いは翌年、現実になりました。)

演奏も素晴らしかったのですが、演奏会の趣旨に感動したからです。

日高市の青少年達の健全育成を願う大人達が、一生懸命に演奏会を支えている様子が垣間見られて素晴らしい活動だなと、心打たれました。

日頃の練習の成果を一人でも多くの地域の方々に届けたい!

真面目に頑張っている姿を見て、聴いて、知ってもらいたい!

そのような場を設定してあげる事で、それが学生達には励みになり、学校同士の交流になり、保護者をはじめ地域の方々には楽しみになり、全体的には、市民の文化向上に繋がるという趣旨です。

コンクールの様に順位を付けるわけではなく、お客様に楽しんで貰いたいという生徒達なりの思いを評価してあげようという、とても温かい雰囲気の演奏会です。

一年後、長女は中学生になり、吹奏楽部に入部し「音楽の集い」に出演しました。

それがきっかけで、その時合同演奏をした「日高市吹奏楽団」に関心を持ち、その後、最年少で入団させて頂きました。

今は高校の吹奏楽部で部長をしています。

私もある方から、司会者として推薦して頂き、それからは毎年司会を務めさせて頂いております。

ただの司会者ではなく、吹奏楽部の保護者として、子供達の日頃の練習の厳しさやコンクールでの様子などを知っている立場で、マイクを握るので、どうしても熱がこもってしまいます。

この「音楽の集い」がきっかけになり、吹奏楽に関心を持つようになった方は多かれ少なかれいらっしゃると思います。

少なくとも私達、母娘にとっては影響が大きかったです。

今年は記念すべき第10回目を迎えます。

感受性豊かな中学生達が、音楽を通して健全な心を育んで行けるよう、これからも私達大人はこのような形でサポートし続けていきたいと思います。

是非一人でも多くの皆さんに、聴きに来て頂きたいです。

そして応援してあげて下さい。褒めてあげて下さい。認めてあげて下さい。

演奏会の最後にはサプライズがありますので、ご来場頂いたら最後の最後までお帰りにならないで下さいませね!




お待ちしています

2011年6月19日日曜日

No10 懐かしき高尾

No19  昨日、6月18日

八王子市、高尾駅前にある「みころもようちえん」に、長男の同窓会の付添で、2年ぶりに行って参りました。

私はこの幼稚園で、5年間ほど園児のお母さん達にジャズ体操を教えていました。

今も自宅スタジオで体操を教え続けていますが、みころも幼稚園が出発点でした。

私の体操指導の原点です。

私の子供達、4人ともこの幼稚園にお世話になりました。

当時私は0歳、3歳、4歳、6歳の小さな子供達の世話に明け暮れながらも、同じ立場のお母さん達に体操を教える事で、自分を見失わずにいられた気がします。

誰かに必要とされると張り合いが出ます。

この度、当時生徒さんだったお母さん達と再会しましたが、懐かしくて懐かしくて、こみ上げてくるものがありました。子育てで一番しんどい時、共に体操をしたり語り合ったりしたママ友と、久々に会えただけで心が軽くなりました。

私が日高に越して来てから後も、八王子の生徒さん達は自主的に集まり、今も定期的に体操を続けているとの事。八王子で蒔いた種が確実に育っていると実感でき、有難く思いました。

園長先生、理事長夫妻、担任の先生方・・・当時お世話になった方々に再会出来て嬉しかったのですが、主人が亡くなった事も報告せざるを得ず、ずいぶん驚かせてしまいました。





70歳過ぎてなお現役の進藤園長先生。保育士歴20年の松沼先生。

満面の笑みは当時と全く変わりなく、安心致しました。


高尾駅前の通りは、目をつむってでも歩けるくらい体に刻み込まれています。

「記憶」とは不思議なものですね。

タイムスリップしたみたいでした。


2011年6月15日水曜日

No9 2年半ぶりのピアノ調律

前回の調律から既に2年半・・・

2年前の今頃は、主人の放射線治療真っ最中でした。
当時主人は生きる気、満々でした。

主人が5年前に買ってくれたピアノ。

余命を宣告された主人の闘病生活を支える中、不安に押しつぶされそうになると、すがる様にピアノに向かっては、その音色に癒されて、気持ちを立て直していました。

主人の通夜と告別式で、葬送歌として私が伴奏を弾き長女がフルートを吹きました。
曲は「朧月夜」です。

主人が亡くなった後、様々な事務処理で忙しくしていました。
司会の仕事も積極的に入れ、なるべく人前に立つようにしていました。
教習所にも通い、車の免許も取得しました。
娘の高校受験があり、中学の卒業式があり、高校の入学式があり、悲しんでいる間もないようにと、あえて忙しく過ごしていました。

でも悲しみや寂しさというものは、ふとしたきっかけで突然、波の様に押し寄せて来るんです。
ずうっと悲しいわけじゃなくて、いきなりスイッチが入ってしまい、そうなるとあっという間に目頭が熱くなり、所構わず泣いてしまうんです。

バスや電車の中、スーパーの店内、車の運転中、人目もはばからず、泣きました。
泣いたらあの世で主人が悲しむと思いながらも、涙を抑えることが出来ませんでした。

もちろん子供達の前では泣いた事はありません。

気が付くといつもピアノの前に座っていました。
鍵盤が涙で滲んで見えなくなり、弾き続ける事が出来なくなることもしばしば。

一番しんどい時、わたしの側に寄り添ってくれたのは、やはりこのピアノでした。
私の心の細かいひだをいたわるように撫でてくれました。
このピアノは、必死になって私を支えてくれました。

生きる勇気、希望、喜び、奥深さ・・・
ピアノを習った事も無いのに、私にとってピアノは人生から切り離せない体の一部です。
どんな時も味方になってくれました。
私の一番の理解者です。

それなのに、気が付くと2年半も調律せずにいました。
この2年半で、作った曲が8曲。
このピアノとの共同作品です。
自分で作曲したというより、ピアノが私に与えてくれた応援歌です。
まずは私自身が自分の曲に癒されてます。

今日の調律師は若い女性でしたが、3時間かけて調律してくれました。


調律を終え、元気になったピアノに
「これからもよろしくね!」とレイキを送りました。

2011年6月13日月曜日

No8 これぞ民主主義!

6月12日に開催された
自然エネルギーに関する「総理・有識者オープン懇談会」をネット中継で全編見ました。

少なくとも5万人の方々が見ていたとの事です。
マスメディァの在り方を考えさせられる番組企画だったと感じています。

新聞やテレビを介すると、各社によって内容が湾曲されてしまうことが多い中、ダイレクトに丸々最後まで話し合いの場が見れて、臨場感もあり、話の中身だけでなく、語る参加者たちの表情や、しぐさ、話し方などから、読み取れることがありました。

個人的には菅首相のお人柄に、心打たれるシーンもありました。

菅総理をなんだかんだと責める前に、我々が出来る事をまず行動に移していくべきだと思います。
国民一人一人が責任を持って国を支えていく時ではないかと…・批判するのは簡単な事。

総理だってこの国の住人として、国を思う気持ちはお持ちです。

総理の印象的だった言葉、「地球を救うのは植物だ!」と本気で感じておられるようで、そのように思う根拠も、かなり深い知識としてお持ちのようでした。

私の主人も、亡くなる前に、植物の偉大なパワーについて日誌に書き留めていましたが・・・
動き回らず、ひたすら大地に根をはり太陽に向かって生長していく植物にこそ、人間を生かす力が宿っているのだと。動物性からではなく植物性から生きるエネルギーを貰えると。


主人は余命を宣告された後、植物の生長過程に生きる希望を見つけ、抗がん剤治療を断りました。人間よりもずうっと古くから存在し、人間が生きていけるように先駆けて地上で準備してきた先輩がたに学ぶべき事があったようです。

自然エネルギーというと、太陽光、風力、火力、水力、地熱発電等・・思い出されるかも知れませんが、バイオの力もあります。植物は枯れて腐っても、地球に還元してくれます。

消費型から循環型エネルギーに変えていく


我が家は屋根に12枚の太陽光パネルが設置されています。
設置の費用はかなりかかりましたが、それを「コスト」として捉えてはいません。
未来への「投資」だと自覚しています。

「夜は暗いもの、夏は暑いもの、それを電気の力でどうにかしようなんて傲慢だ!」と、生前主人は言ってました。

私は風呂に入る時、浴室の電気は使いません。ロウソクの灯りの中で入ります。

それが習慣になると、電気が眩しすぎて痛く感じてしまいます。

また計画停電でなくても、元々夜はロウソクを使うことが多いです。

家の二階には6部屋ありますが、エアコンは設置していません。

風呂の残り湯は、洗濯、拭き掃除、庭の水やりに使います。

「安定供給」と言うと、現状維持のニュアンスがありますが、全体的にエネルギー消費量を減らす事が大切だと思います。

みんなで消費電力を減らす競争や、自家発電を増やす競争をしたいですね。


今回のオープン懇談会のような形式で、今後も様々なテーマを取り上げていって頂けたらと思います。

2011年6月12日日曜日

No7 丸木美術館へ

6月11日、東松山市の丸木美術館へナターシャ・グジーの歌を聴きに行って来ました。

丸木美術館へ行くのは初めての事で、運転免許取得からまだ1年たったばかりの私にとってはかなりの冒険でした。何しろ日高市外へ、車で出かけることはめったになく、通った事のない道を走るのは勇気が要りました。

でも心強いカーナビ君を全面的に信じて、言われるままに付いて行くと・・・

あらあら楽ちん、とても素敵な道を案内してくれて、対向車がほとんどない広くて自然豊かな、田んぼの中の、のどかな道を気持ちよく走って、あっという間に到着。

同乗者が思わず車内から写真を撮るくらい、美しい田園風景がずうっと続いていました。


そして到着した丸木美術館。

館に隣接する和風建築の休憩所が素敵だったので、写真に残しました。




近くに川が流れていて、見渡す限りに緑の世界で、しばらく深呼吸を繰り返してました。

自然の中で充電が出来ました。





そして丸木美術館へ


館内の美術作品は、決して軽い気持ちでは見る事の出来ない、作品ばかりです。

息を飲むような、目を背けてしまいたくなるような、でもちゃんと受け止めなくてはならない、重いテーマの作品ばかりです。

ある程度の覚悟を持って行かないと、ショックを受けて終わりかも知れません。


広島・長崎の原爆、南京の大量虐殺、・・・

人間の愚かさをまざまざと見せつけられて、言葉を失いました。

今回、原爆の悲惨さを一番知っているはずの日本で、二度目の原爆が起きてしまった。
しかも、今度は自らの手で・・・

こうなる前に、何とか出来なかったものか・・と。

三度目の原爆は何としてでも阻止しなくては・・と。

色々と考えさせられる空間でした。

ナターシャ・グジーのコンサートのついてはまた次回

2011年6月9日木曜日

No6 三鷹のライブハウスで

6月9日、三鷹駅前のライブハウス『ウナマス』で歌いました。

尊敬する私の歌の先生、シャンソン歌手の「牧澤友也」先生のライブに参加させて頂きました。

憧れのジャズピアニスト、「ショーン星野」さんのお洒落なピアノ伴奏で、「蘇州夜曲」と「想い出のスクリーン」の2曲を歌いました。






三鷹駅北口

徒歩5分













2011年6月7日火曜日

No5 幸せになってもいいんだぁ



尊敬するてんつくマンの言葉

よ~く見て下さい。「感謝」という漢字を、ひらがなを重ねて表しているんです。

「すべての人々へこころをこめて」



なぜだか、昔から私の中には「人生は我慢」みたいな思い込みがあって、

楽しんではいけないと、歯止めをかけてしまう癖がありました。

主人が亡くなった時も、「これが人生」と言い聞かせて涙を飲み込んでいました。

でも、てんつくマンは言いました。

今を楽しめ!と。

確かに楽しそうにしている人を見ていると、こちらまで幸せになります。

最近、「苦あれば楽あり」、ではなくて、「楽あれば楽あり」かもしれないと思うようになりました。

逆境さえ楽しむという感覚。

楽しんでいいんだ、喜んでいいんだ、幸せになっていいんだ、それを望んでいいんだ、

司会者としてマイクを握る時、アナウンサーとしてカメラに向かう時、ライブで歌う時、生徒さん達に体操を教える時・・・

まずはそれが出来る事に感謝して、あとは思い切り自分を解放してあげようと思います。

我慢強い人も偉いけど・・・

自分に正直に生きる事は、自分を大切にする事なんだと感じます。

「私の仕事は、幸せになること」

結局はそれが周りを幸せにするんだと、.てんつくマンが教えてくれました。

2011年6月6日月曜日

No4 9歳の天才ピアニスト

6月5日、毛呂山町福祉会館大ホールにて、「奥田玄とジャズを楽しむ大人たち」と題するチャリティ
コンサートに行って来ました。

立った9歳の天才ピアニスト、奥田玄君。

毛呂山町在住の小学4年生。

テレビでは何度か見ていましたが、彼の生演奏は初めて聴きました。

信じられない!あの感性、あの技術、そしてサービス精神。

前世はモーツァルトに違いありません!

ピアノの椅子に座ると足が床に届かないので、半分立って弾いてました。

一曲演奏し終わる度に満面の笑みでペコっと頭を下げ、会場の知人、友人に手を振ったり、はきはきと次の曲の紹介をして、そのしぐさや可愛らしい声に、場内からは拍手や笑い声が絶えませんでした。

世の中には天才って本当にいるんですねぇ・・・

9歳といえば、私の四番目の子と同じ年。

確かにウチの息子も好んでピアノを弾きますが、レベルが違いすぎます。

それでも、私は息子の演奏に癒されています。

玄君の今後が楽しみです。


2011年6月5日日曜日

No3 地球は有限

6月5日・東京新聞・朝刊から


『地球は有限』自覚を

名古屋大学特別教授・野依良治さんのコメント

-------科学者は、自然エネルギーの本格活用に向けて20~30年以内にめどをつけるのが使命です。------------------

---------地球は有限です。しかし人口は増加します。--------------


亡くなった私の主人の、京都大学の大先輩であり、生前、主人が籍を置いていた理化学研究所の現在の理事長でもある、野依良治先生です。

リスクがゼロの技術はない。

問題の核心はリスクと恩恵のバランスにある。

我々が原発の恩恵を受けてきたのは事実だから、今後、慎重にリスクとのバランスで考える必要がある。・・・との内容

科学者の「想定外」は、言い逃れかも知れませんが、大事なことを専門家だけに任せてしまっていたのは私達にも責任があるように思います。

原発関係者と一般国民との対話が欠けていたことも問題ですよね。今更ですが・・・・今回の原発事故で初めて知ったことがたくさんありました。

私も四児の母として、危険だらけの地球ではなく、安心して暮らしていける地球を残していきたいと思います。

今、学校で教えるべきことは、人類の問題を解決するための教育ではないかと感じます。

環境問題、水、医療、食糧、貧困、・・・問題山積みの世の中で、子供たちが何を感じ、何を考え出すのか、他人事ではないですから。

本当に子供たちを守りたい

放射線の危険に脅えながら、地震や津波の不安を抱えながら、生きていくのは本然の姿ではありませんよね。

義務感で地球を守るのではなく、使命感や責任感ともまた違う、地球が喜ぶ事を、楽しみながら出来るようになれたら理想だな・・・と思います。

水道の水を流しっぱなしにしないとか

電気のスイッチをこまめに消すとか

ゴミを出さない工夫をするとか

物を大切に扱い、長く使うとか

夜更かしをしないで早く寝るとか

今すぐ、誰にでも取り掛かれることがありますよね

便利さを手放すのは、ちょっと勇気が入りますが、工夫する柔軟性も育つような気がします。

誰かに任せてしまうのではなく、自分も地球に住まわせて頂いている分けですから、関心を持って出来る事から取り組んでいきたいと思います。

2011年6月3日金曜日

No2 毛呂山のローズガーデン

今日は時間があったので、思い切って友人と隣町のローズガーデンに出かけました。

毛呂山町は自然豊かで、色々と楽しめる町です。

色とりどりのバラに囲まれ、その香りに酔いしれ、川のせせらぎや、鳥たちのさえずり、柔らかな日差し、さわやかな風、来場者の皆さんの嬉しそうな顔の表情・・・

月並みですが、幸せを感じました。

この平和なひと時を、本当に大切にしたいと思います。

バラ達が私に一生懸命に話しかけるんです。

‘わたし綺麗でしょ!ねぇ、触れてみて!!わたしの色は気に入ってくれた?”なんて・・

私もちゃんと答えてあげましたよ

「素敵よぉ~、かわいくて食べたくなっちゃう。」

「きれいよぉ~、私の髪に飾りたいわぁ~」

「見事ねぇ~、よく頑張って成長したわねぇ~、」

そして、「ありがとう、ほんとにありがとう!」

バラ達が、多勢の来場者達の視線を浴びて嬉しくてたまらないといった感じ。

皆さんも是非一度、毛呂山町のローズガーデンに出かけてみませんか?

入場料:300円

オレンジ色のバラ、目立ってました。


数えきれない程のバラに囲まれて、私も花の一部になってしまいそう。

ここがうちの庭だったらいいのになぁ




空気が違う!
思わず深呼吸~

明らかにここはパワースポットです。

バラ達が癒してくれます。

2011年6月1日水曜日

No1 出逢ってくれてありがとう

先月28日のライブは、たくさんの人達に支えられ成功しました。

つくづく私は人の縁に恵まれていると思います。

当日のスタッフは自ら率先して協力してくれました。

本当に有難い事です。

人の縁って何かなぁと考えた時、私は「前世」が影響すると思うんです。

魂は「転世」を幾度も繰り返しながら、成長しているのだと信じています

前の時代で出会って深く関わっていた人とは、今世で出会うと懐かしく感じるとか
前世での関係があるから、何となく相手の気持ちが分かってしまうとか・・・

だからこそ私は出逢いを大切にしています。

特に、深い話が出来たり、何かと気持ちが通じ合ったり、シンクロニシティが多かったりすると
互いの魂が逢いたがっているのだと分かります。

だから巡り逢えた奇跡にありがとう。





































尊敬するてんつくマンが描いた文字と言葉です。

みなさんに送ります。