2013年3月11日月曜日

護国寺

東京の護国寺で

「東日本大震災第三回忌法要」が行われ、参列して参りました。

本殿に入り、ご焼香させて頂いた後

何故だか肋骨左下の内側辺りが痛くなり、少し呼吸が苦しかったのですが

午後2時46分の黙祷が終わると、自然に治まり楽になりました。

護国寺の本殿に入ったのは初めてで、

その立派な建造物にただ感動するのみでした。



こちらの像は、はじめは恐ろしく感じ、目を合わせることもできないくらいでしたが、

不思議なことに法要が終ってもう一度見てみると、

それはそれは穏やかで柔らかな表情に見えました。



また、こちらの観音様は、実際に台湾で起きた嵐の時に現われたお姿らしく

アメリカ人が撮影した写真を模写した絵です。

本当に美しいお顔をされていました。



こちらの不動明王の前に立つと、身動きできなくなるような迫力がありました。

後ろの炎が「命を燃やせ!」と訴えているかの如く、

また見開いた両目が「迷っている暇はない!決断せよ」と叫んでいるかの如く

心に刻まれました。

法要が終わり、本殿を出ると、景色が変わっていました。

というより世界が変わって見えました。

空はこんなにも青かっただろうか。

日輪様はこんなにも輝いていただろうか。

松の枝がまるで龍の如くにうねり、

大都会の真ん中というのに、どこからともなくやってきたメジロの群れが

可憐に咲き始めた桜の花と戯れては その枝を揺らし、


その道の方がおっしゃっていました。

あのメジロは震災で犠牲になった子供達の魂をのせてやってきたんです。

だからカメラには映らないでしょうと。

友人5人ともカメラを向けましたが、やはり写っていませんでした。

枝いっぱいにいたんですが・・・


そして、思い切り深呼吸したくなるくらい、境内の空気は澄み渡り・・・

まるで昇華していくようで。

昨日の異様なまでの強風と空を覆うような粉塵は、3.11で亡くなられた方々の魂が

命日前に現れたのだとも伺いました。

今日の空は真っ青で雲ひとつありませんでした。

黙祷していて、浮かんできた言葉は 「犠牲ではなく貢献」

「犠牲」で終わらせてはいけない、と思いました。

尊い命を掛けて私達に託したものがある。

この国を構成する私達一人一人の意識改革。

一度リセットしなければならない所まで来てしまったのでしょう。

自然に反する方向に暴走していたのは確かなこと。

立ち止まらざるを得ない状況で、誰もがこれまでを振り返るきっかけになった。

絶対に無駄にしてはいけない。

失われた多くの命が報われるかどうかは、生き残った我々の歩みにかかっています。

本当の意味での供養は、これからだと思います。